秘境の旅〜天川村洞川温泉

奈良県天川村洞川温泉。ここは僕が最も好きな場所の一つだ。

 

標高820mの高地にあり、役小角を開祖とする修験道として古くから栄えた地だ。

 

 

ここに来たのは3回、最後の2回は、会社を辞める直前に訪れた。

洞川の空気が、辞めづらい場所から去る決心をつけてくれた。

 

近鉄線の果て、終点吉野の直前に下市口で降り、そこからバスで山道を行くこと1時間。

杉の聳える幾多の急カーブを曲がった先に天川村はある。その更に奥、山に囲まれた袋小路のようになっている場所が洞川温泉郷だ。

 

街に入ってしまえば、非常にコンパクトな造りで、川に沿った大通りが一本中心を貫き、それに沿って温泉宿が立ち並ぶ。

夕暮れ時の、提灯が点き始めた街並みは、秘境の温泉街といった風情だ。

 

ここでは、そんな秘境の村の魅力を語りたい。

 

魅力① 綺麗な水

洞川を語る上で外せないのが、水だ。

とにかく水が美味しい。また、蛇口をひねれば天然水が出る里でもある。

 

ごろごろ水という石灰質で弱アルカリ性の水が湧き出ており、万病に効くといわれる。

宿の蛇口から出るのも、このごろごろ水だ。

様々な天然水に釘をつけて、2ヶ月間放置し、釘の錆び具合を見るという実験があるが、その中でごろごろ水につけた釘は錆びなかった。

(参考:http://www.ntcs.ne.jp/tenkawa/shop/kau/24-1.html

 

人間の70%は水なのだから、飲むならいい水を飲んだほうがいいのではないかと思う。

日頃の小さな積み重ねが将来を作るからだ。

 

美味しいのはごろごろ水だけではない。街の中心部にある、龍泉寺脇の通りを北上していくと、「泉の森キャンプ場」という場所がある。ここの水がまた美味い。

キャンプ場の管理人のおばあちゃんによると、ごろごろ水は、殺菌のために、塩素が入っているが、「泉の森」の水は完全な山水らしい。

山の沢から流れ出ている水は甘い。登山をして、沢を見つけてそこで汲んで飲む水の味は格別だ。

その山の沢の水と同じ味がするのだ。

 

そんな水が流れているため、川もとても綺麗だ。洞川温泉は極めて上流に位置しているため、深くても、人間の胸くらいの水深しかないだろう。夏の川遊びには最適だ。

晴れの日は美しいエメラルドグリーンの清流を、雨の日には、霧が立ち込め幻想的な川面を見ることができる。

 

 

 

魅力② 山

洞川の魅力の2つ目は山だ。

洞川は四方を山に囲まれた秘境。どこを見ても山にぶち当たる。紀州山系の360度パノラマが楽しめる観音峰や、役小角が開いた修験の山である山上ヶ岳がある。

 

Googleや書籍で役小角について調べると大峰山という山が出てくるが、これは大峰という「山系」のことだ。山頂には大峰山寺がある。

 

僕が、好きなのは山上ヶ岳、標高900mほどの登山口から山頂の1719m地点まで1000m近く登る山だ。最初は杉の森から始まり、清流が流れ出す沢を横目に登っていく。山頂が近づくと、岩肌が増え、松や高山植物が増えてくる。山では、標高が上がるにつれて、植生が変化する。僕はそれをじっくり見るのが大好きだ。霧の中登る時もあるが、そんな時には、自分が世界から切り離されて、異次元空間にいるような気分になる。

山上ヶ岳に登ったのは累計3回だが、何度か登るうちに、なぜここが修験道として栄えたのかがわかる気がした。

 

魅力③ 食べ物

水が美味い土地には美味い食べ物がある。

洞川では、ごろごろ水で作った名水豆腐という名産品がある。これが本当に美味い。豆腐にシンプルに塩をかけただけなのに美味い。スーパーで売られている量販の豆腐とは違い、それほど形は綺麗ではない。凝固剤を使っていない証拠だ。洞川に行ったら、ぜひこの豆腐を塩か醤油で食べることをすすめたい。

また、個人的に外せないのは、鮎やアマゴ、イワナといった川魚だ。塩焼きにして、頭から尻尾まで丸ごと食べれてしまう。ある日の昼食は露店で売っているイワナの塩焼きだけを食べたくらいだ。

 

魅力④ カフェ

水が美味いということは、もちろんコーヒーも美味い。

洞川のコーヒーは名水コーヒーと言われ、通りを歩けば30mに一件は喫茶店があった。

実際にごろごろ水で作られたコーヒーは本当に美味しい。雑味がなくスッキリしている。僕は、それほどコーヒー自体にこだわりはなく、普段はコーヒーは飲まない。しかし、洞川に来たら1日3杯は飲みたいと感じる。(また、宿の縁側で夜風に当たりながら飲むコーヒーは格別だ。寝る前でもお代わりしたくなる。)

コーヒー自体も美味しいが、実際にカフェに入るととても気分がいい。僕は旅先で、あえてカフェに入るのが好きだ。カフェという日常を旅という非日常に入れ込むことで、日常と非日常の境目をなくしたいのだと思う。客が少なければマスターと話す時もあれば、誰とも話さず本を読むこともある。旅先でゆっくりできる場所を見つけ本を読むというのも楽しい。

端から見たら、半ズボンでがっしりした登山靴を履き、大きなザックを背負っている僕は、登山者かバックパッカーだ。そんな格好をした僕が、喫茶店で本を読んでいるのだから、地元の人や観光を楽しみに来た旅行者からすればわけがわからないだろう。ただ、こんな楽しみ方もあるのだ。

 

秘境の洞川温泉には、当然ながら、チェーンのカフェはない。全て個人店だからこそ、それぞれに特色があり、面白い。

店の名前は覚えていないが、街の中盤にある、クッキーを売りにしている喫茶店はとても雰囲気が良かった。僕が入った時は、女将さんが一人で店を切り盛りしていてた。ご主人は山の上で宿坊を経営しているらしい。洞川の澄んだ空気と綺麗な水のせいか、女将さんはとても若く、綺麗だった。

 

魅力⑤ 人

どんなに大きな都市になっても、その街の風土を形成しているのは、人だ。

洞川にも独特の雰囲気がある。秘境というと村人は村人で固まり、あまり旅人には関わらないというイメージがあった。しかし、洞川の人々は旅人に対し温かく迎えてくれる。日帰り温泉まで宿の人が車で送り迎えしてくれたり(素泊まり宿のため、温泉は付いていなかった。)、人が少ないから、と夕食に特別メニューを用意してくれたりする。

また、露天のおじいさん、おばあさんも洞川のことを聞くと懇切丁寧に教えてくれる。

 

これは、ただ「観光地だから」温かく接してくれるわけではないと思う。洞川は1300年前から、大峰修験道信仰の、いわばベースキャンプとして発展して来た。その歴史が、誰であろうと温かく旅人を迎え入れるDNAを作って来たのではないだろうか。

 

 

 

「山の奥地にある秘境」でありながら、修験者などの旅人が数多く訪れる地だという矛盾が、洞川という街の風土を作り上げて来たのだろう。

関西に旅行のついでに行くもよし、洞川や天川村を目的に旅程を組むもよし、ぜひ行ってみてほしい。(交通の便が絶妙に悪いため、大阪や京都旅行のついでに行くのであれば、+2日間くらいは見たほうがいい。また、旅館はそれほど多くなく、土日は早く予約する必要がある。)